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2009年09月 掲載
ボゴール植物園に中井猛之進の足跡を訪ねる
 
 牧村健一郎(朝日新聞記者)

- 白亜のボゴール宮殿(大統領邸)と蓮池 -

 インドネシアのボゴールは、首都ジャカルタから車で一時間ほどの小都市だ。ここに、世界有数の熱帯植物園・ボゴール植物園がある。オランダの植民地下、1817年に設立され、当地がジャカルタの暑熱を避ける避暑地であることから、ボイテンゾルグ(無憂境)植物園と呼ばれた。
 長年、オランダ人が管理していたが、1942年3月の日本軍ジャワ占領とともに、オランダ勢力は駆逐され、植物園の園長に元東大教授で日本植物学界の権威・中井猛之進(1882-1953)が着任した。中井は占領下の軍政官も兼ね、ジャワでは軍司令官に継ぐ中将待遇の高官だった。
 そのころ、若き鶴見俊輔はバタビア(ジャカルタの旧名)の海軍府で、軍属として働いていた。あるとき、上官から、ボゴールの植物園に行って、擬装用植物について調べて来い、と命じられた。南洋の島々には日本軍の砲台や施設が造られていたが、敵機から発見されにくいように、ツタのような、絡みついてゆく植物が求められていた。

- 現在ゲストハウスとして使われている歴代園長の家 -

 鶴見はボゴール植物園に出向き、中井に面会を求めた。中将待遇の中井は、伍長クラスの鶴見に2時間にわたって丁寧に解説し、用途にあった種と苗木を渡した。鶴見はバタビアに戻ると、中井から聞いた知識をもとに、植物の育て方などをパンフレットにまとめた。鶴見の膨大な著作の記念すべき第一作が、このパンフレットだった。パンフレットとともに種や苗木を前線に送った。熱帯では植物はぐんぐん育ち、種つけして三カ月もすると、偽装の用途にあうほどに生育した。前線から感謝状がたくさん来たという。
 私はこの夏、インドネシア・バンドンで仕事があり、バンドンからジャカルタへの帰り道、ボゴールに立ち寄った。強烈な日差しのバンドンを昼過ぎ発ち、車で3時間あまり。エアコンのあるトヨタだったが、午前中に仕事をこなしてきたこともあり、さすがにくたびれた。夕方、車とバイクであふれるボゴールの町に着くと、町の中心部が広大な植物園だった。
 受付でさっそく、中井のことを尋ねるが、係員はよく知らない、という。学芸員のような人にも聞いたが、首をふるばかり。ただ、日本占領中は、日本人が管理していたことは知っており、係員はたどたどしい日本語で「しょくぶつえん」と言って微笑んだ。幸いなことに、日本語に翻訳された植物園のガイド本があったので、購入した。
 ガイド本は、植物園の歴史や栽培されている植物を解説する小冊子で、その中に、顔写真とともに、中井についての記述があった。短いので全文を引用しよう。

- 巨木のもとに立っているのは通訳氏 -



- 訪問研究者用の研究室 -

 「オランダ東インド政府は1941年12月8日に日本に対し宣戦布告をしました。1942年3月には日本軍がボゴールに侵攻し、その一年後には、植物園と植物標本館の長官職を日本人に移管しました。植物学者中井教授が植物園長に、又、やはり植物学者の兼平が標本館長になりました。日本軍が侵略中に、両氏は軍部が木材調達のために植物園の木々を伐採しようとしたのに抵抗して、植物園と標本館の保護に努めました。彼らの管理の下でスランズプランテイテウインは植物園と改名されました」
 中井は若いころ、朝鮮総督府の依頼で朝鮮半島の植物を調査して研究書にまとめて注目され、東大教授に就任。朝鮮や中国、南洋の植物調査を行い、多数の植物を命名、記載した。戦後は長らく科学博物館館長を務めた。作家中井英夫の父である。
喬木が立ち並ぶ植物園の小道を、車でゆっくりまわる。いくつもの竹が束になって高くそびえる竹の大木、地面にうねるように根がはびこる巨木、白亜の宮殿(大統領邸)の前の池には、ピンクの蓮がいくつか咲いていた。ガイド本によると、深夜に花開き、朝になるとつぼむ蓮で、「夜の女王」と呼ばれるという。19世紀の初め、ジャワやマレーに君臨したイギリス人トーマス・ラッフルズの夫人の記念碑があった。夫人はジャワで亡くなり、その記念という。
巨木のはるか高い梢から、きゃーん、きゃーんという奇妙な蝉の声が聞こえる。夕凪というのか、風がさっぱりなく、蒸し暑さは耐え難い。汗がじんわり皮膚を被い、うっとうしいことに上腕部を蚊にさされた。熱帯の風土病「デング熱」は蚊の媒介で発病すると聞いていたので、げんなりする。
出口近くに白壁の洋風建物二棟があった。ひとつは現在ゲストハウスとして使われている歴代園長の家、もうひとつは研究棟で、いずれもオランダ植民地時代の建物という。若き鶴見が、中井園長から講義を受けたのはどっちかな、と想像しながら建物の周りを巡っていると、熱帯の夕方のよどんだ熱気が、いくらか薄らいだ気がした。