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2000年04月号 掲載

 
ペルー・アマゾニア紀行 1
関 洋人 (大洲市在住)

ペルーアンデス
 ペルーの首都リマの日本大使公邸占拠事件が発生して一週間が過ぎた一九九六年十二月二十六日午後一時に、われわれは今回の旅の目的地イキトスに向けて、リマを出発した。リマを飛び立ったCF(フォーセツト)三一八便が雪を冠ったアンデス山脈を越え、一時間近くたったころ、眼下に濃密な緑に覆われたセルバ(熱帯降雨林)の中を蛇行するアマゾンの支流ウカヤリ川が見えてきた。下に見える集落の家並みがアドベ(日干し煉瓦)づくりからトタン屋根に変わったと思ったら経由地であるタラポトに着いた。このタラポトはサン・マルティン州の州都で、少し前まで、今回の人質事件を起こしたトゥパク・アマル革命運動(MRTA)が強い影響力を持っていた。また、コカイン密売の一大拠点としても知られている。着陸すると、一斉に飛行機の電源が切られる。開け放たれた搭乗口から入り込む熱気でただならぬ蒸し暑さになった機内で一時間くらい待ったのちに、再び離陸する。タラポトからイキトスの郊外に差掛かるまで、飛行機の下はずっと緑一面のセルバが続く。さすがにアマゾンの最深部だけあって、この地域にはまだほとんど人の手が入っていない。実際に、窓からのぞいても人工物らしいものは何一つ目にすることはできないのである。リマからイキトスへの陸路はなく、交通はアマゾンを行く船便か飛行機だけだ。イキトスはいわばセルバ(熱帯降雨林)の中に孤立した都市なのだ。それゆえに、イキトスにはリマなどの都会からMalo(悪人)が入り込みにくく、ペルーでは例外的に治安のよい街であるという。
 午後三時半過ぎイキトスに到着。タラップを降り空港の建物に向かって歩く。飛行場の片隅に廃棄され、錆ついた飛行機の残骸が見えた。なんとなくわびしく荒廃した気分にとらわれていたそのとき、突然ドクトルが、わたしの肩をつつきながら、「あれっ」と声を発した。ドクトルが指を差した方向を眺めると、今しがた降りたばかりの飛行機のタラップの下で、黒く光った五、六丁の拳銃が何人かの乗客に手渡されているところだった。搭乗時に預かったものを持ち主に返しているらしい。治安がよいとはいっても、ここもやっぱりペルーであることにかわりはないのであった。
(つづく)

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