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2003年01月号 掲載

 
イグアス 国境地帯の旅 
関 洋人 (大洲市在住)

ブラジルとパラグアイの間の国境検問所。
簡単なパスポート・チェックのみ。
 不思議なことに、ブラジルの人々は、いくら夜更かしをしても翌朝は平気で仕事に出かけていく。よく疲れないものだと思う。仕事の時間に手を抜いて休んでいるのだろうか。
 ブラジルをはじめとして中南米はどこに行っても貧しい人が大多数の国ばかりである。しかし、この地域の人たちは決して、日本人のようには、がむしゃらに働くことをしない。
 私などは、物質的に豊かでなくとも、そこそこ生きていけるなら、人間の暮らしとしてはそちらの方が好ましいという気もする。戦後の日本人は戦争の恐怖や惨禍からも解放され、飢えることもなくなって、国民の多くが生活に満足し、中流であるという意識を持っていると言われる。しかし、経済指標の数字とは異なる『豊かさ』の尺度を人々の表情に求めるならば、様相が変化する。数字の上では、日本に比べると比較を絶して貧しいブラジルの方が、こと人々の表情については、はるかに豊かさと幸福感を感じさせるのである。一般にブラジル人の目鼻立ちがはっきりとしていて、喜怒哀楽の感情をそのまま顔に出すということもあるだろう。さらに、日本人の能面のような顔立ちと、感情を抑制することが大人の美徳とされる生き方も考慮に入れなければならない。ところが、そういうことを考慮に入れてみても、やはり、両者の差はあまりに歴然としているのである。これはいったいどうしたことなのだろう。日本人がただ経済にのみ、憂き身をやつし、心の幸せを等閑しているなどという単純な議論に与する気はないが、最近の不況にあえぐ日本の人々の表情はとても幸せそうではないから、国の景気がはかばかしくないことと表情の明るさが比例するとも言えないようである。  こんな話を続けているときりがないので話をもとに戻す。ホテルで夕食をすませた後は溜まった疲労を取り戻そうと、すぐベッドにもぐりこんだ。しかし、時差ボケでなかなか眠れない。部屋から窓外を眺めるとホテルの前の道路に娼婦(プータ)が客を待っているのが見えた。
 翌十二月二十九日の朝食後、今度はブラジルとパラグアイ国境のパラナ川に架かる『友情の橋』を越えて、パラグアイ側の街プエルト・ストロエスネルに入った。

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