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2003年09月号 掲載

 
マナウス(ブラジル・アマゾナス州) 
関 洋人 (大洲市在住)

クーヤの木
 ソリモンエス河とネグロ河の合流点を過ぎ、少し下るとほどなくアマゾン河本流に浮かぶ中州の一つ、テーハ・ノヴァ島に着いた。中州とはいっても一周するのに船で十八時間はかかるという巨大なものである。上陸してジャングルに入る。小さな集落があり、民家の庭先に土産物をつくるためのピラーニャがたくさん干してあった。熱帯林の中に入ると、そこここで、セリンゲイラ(ゴムの木)を傷つけて樹液を採取している。太い幹に直接実をつけるカカオの木や、クーヤと呼ばれる子供の頭ほどもある大きさのヒョウタンをつける木がところどころに生えているのが目に付いた。クーヤは汁物を入れるお椀として普通に使われているが、木になっているところを見るのは初めてであった。
 ジャングルはかなり蒸し暑く、夢中になって歩いていたせいか、同行してきたA君が喉が渇いたので何か飲みたいとしきりに言う。中州には一軒だけ民芸品の売店がある。粗末な造りだが一応二階建てだ。中に入って、なにか飲物はないかと尋ねてみるが何も売っていない。ふと、店の片隅を見ると木の樽が置いてあってどう見てもアマゾン河の水としか思えない色の濁った水が汲み溜めてある。水の表面にはなにやら小さなボウフラのような生き物がピコピコと動き回っているのがはっきりと見える。脇に柄杓が置いてあるところを見ると飲用水らしい。A君が真面目な顔つきで、「この水飲んでも大丈夫やろか?」と聞く。私は、まさかいくら何でも飲むつもりではなかろうと思い、冗談で「大丈夫大丈夫」と答えた。すると、いきなりA君は柄杓を取ってその水をゴクゴクとうまそうに何杯も飲んでしまった。A君恐るべし。中南米では常識として水道の水でも生水は危ない。神経質な旅行者なら水道の水で洗った可能性のある生野菜は口にせず、歯磨きやうがいさえミネラルウォーターを使う。無知ゆえの蛮勇としかいいようのないA君の行為だが、信じるものは救われる!この先の旅程で同行者が次々と下痢腹痛に悩まされるのを尻目に、一人A君のみが万全な体調を維持したのである。
 テーハ・ノヴァ島を後に、船は再びネグロ河にもどって上流に向かう。A君は河面を眺めながら私の妻に「あかねさん、カバはおるんけ?」などと能天気なことを聞いている。カバは棲息していないが、注意深く観察しているとここではピンク色の河イルカの姿を見ることができる。土地の人たちの間には、このイルカが若い娘を誘惑するという言い伝えがある。相手をあきらかにしたくない妊娠や、相手が不明な妊娠の場合はこのイルカに濡れ衣が着せられるという寸法になるらしい。小一時間ほど進んだところで、船が数軒の小屋が寄り添うように立つ岸辺に近づいた。土産物屋兼食堂の小屋ではまだ昼前だというのにカボックロ(インディヘナと白人の混血した現地人)の男たちがビールを飲みながらドミノに興じている。私たちはここでカヌーに乗り換え、イガラッペと呼ばれる迷路のような小さな水路に入っていった。
(つづく)

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