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2000年04月号 掲載 

富士山の石垣 
 
北宇和郡津島町岩松 


 先日、岩松の大畑旅館を訪ね、岩松の小さな朝市を見たときのことである。時化たせいで、活きた魚の少ない日であった。その魚の少なさを補うように、いつも以上に軽妙な毒舌が飛び交っている。そのうちに、いつも通り魚はきれいに売り捌かれた。緋扇貝を少し仕入れた大畑さんが、帰りがけに「富士山は見とったかな」とぽつりと言う。「えっ富士山ですか」と応えた私に、「うん。富士山よ」と言いながら大畑さんは、魚市場の隣にある道路から一mほど地面が高くなった駐車場に近づき、「ほれ、これ、見たことないかな」と石垣を指差した。アスファルトの道路のすぐ上の石を見ると富士山の頂上の形をした石が、確かに石垣の中にうまく収められている。それもなかなか見事な細工のように見えた。大畑さんによると昔は、市場と駐車場の間の道路には水路があって石垣の高さは約二mほどもあり、現在の駐車場には岩松の豪家、小西本家の建物が建っていたそうだ。「ぼくはねえ。この道路を一ぺんはぐって、この富士山をもう一度全部見てみたい気がするんよ」といたずら小僧のような表情をして大畑さんが言う。
 大畑さんが子供の頃は、富士山と開いた扇のかたちが石垣で描かれていたという。私は、駐車場の周囲の石垣を歩いて見直してみた。すると、確かに石垣の上部に開いた扇のジグザクの線が見えた。
 今の岩松には、かつての小西家の繁栄ぶりを示す建物はほんの少ししか残っていない。しかし、この石垣の富士山を見るとかつての小西家のすごさと言うのがほんとうによく分かる。そして、なによりも石垣そのものの技術のすばらしさに感心するのである。
 
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