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2007年05月号 掲載 

建築点描 


 

アトリウム
 毎年、高知県梼原の田所さんというお茶屋さんに、無農薬の新茶を買いに行く。新茶を抹茶に碾いてもくれるので、それももとめる。陽を一杯に浴びたような色をした抹茶を自分で勝手に点てて飲むと元気になった気がして、私の初夏の楽しみのひとつになっている。
 今年も5月の休みに出かけてみた。ところが、田所さんが「冬はあったかだったけど、春の終わりに雪が降ったりして、今年は新茶は6月になるね」という。梼原は山間の町で標高も高い。言われてみれば春の終わりの雪を思い出した。「せっかくだから新しい役場を見て帰ったら」と田所さんがすすめてくれる。そう言えば町中の道路が広がり、町がなんとなく新しくなった感じがする。ほうじ茶を1袋買って、道を引き返し役場に向かった。先ほどは気がつかなかったが、古い役場が、木材を多用した、新しいすっきりした建物「梼原町総合庁舎」に改築されていた。中の吹き抜けになったアトリウムに入ると、鉄筋コンクリート造と木造の併用の建築だが、圧倒的に木の雰囲気が建物を支配している。事務スペースはアトリウムの周辺にある。壁面に掛けられていた建物の概要を書いた木板を見ると、設計は慶応義塾大学、設計者はポストモダンの旗手として活躍した隈研吾教授。隈氏は梼原町でかつて雲の上ホテルを設計し、しまなみ海道の亀老山展望台の設計も手がけている。設備設計は村上周三教授。21世紀の日本を「未来世代への責任」「地球の有限性」「自然の生存権」といった環境倫理の面からスクラップ・アンド・ビルドではなく、サステナブル(持続可能)な建築への転換点を迎えた世紀ととらえ、具体的な建築政策提言を続けてきた人である。建物の木造部はすべて梼原産の木材。屋根には全面、太陽光発電パネルが設置され、地下のピットには、クールヒートチューブ(外気を地中を通して導入することにより、夏は涼しく、冬は暖かい地中の温度で、あらかじめ冷却したり又は暖めた空気を利用して冷暖房を行う仕組み。空調機の負担が軽くなり省エネとなる)が取り入れられた。ランニングコスト、環境への配慮が行き届いた建物となっているそうだ。外壁部は木製パネルで南面は全面カーテンウォールだが、この面にも木製パネルを取り付けてある。

梼原町総合庁舎南側
アトリウムに立って、上を見上げると、太い角柱を4本組み合わせ、その間に、構造用集成材の大断面梁を通した工法がよくわかる。全体としては、簡素で、質実豪毅な建物であると思った。アトリウムには梼原の象徴とも言える「茶堂」をかたどった小さな建物があり、グランドピアノが1台置いてある。ここで、神楽やコンサートなども催されるのであろう。山の街に現れた環境に配慮した、最先端を行く庁舎がどのように地域に馴染んで行くか。梼原を訪れる楽しみが又ひとつ増えた。


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