第14回
 倉敷・児島日記 その4
児島の喫茶店
 
 

 (それぞれの写真をクリックすると大きくなります)
 児島の喫茶店
 児島は喫茶店の多い町である。時代に逆行していると言えなくもない。こんなに喫茶店が元気で個性的な町は珍しいのではないかと思う。近所を走り回る子供の数とともにこれは児島に来て、びっくりしたことの双璧である。

- はにわ -


- 店内 -

 児島に来て、最初に入った喫茶店は「はにわ」という喫茶店である。入口だけ見ると、一見こじんまりとして見えるが少し離れて見ると、看板の背後に、木造3階建ての、堂々とした擬洋風の建物であることがわかる。野崎武左衛門顕彰のオベリスクの形をした碑のすぐ近く、ジーンズストリートの入口にあり、朝早くから開いている。「はにわ」に一週間ほど通ってみると、ほとんど同じ顔ぶれの近くのお年寄の常連さんたちが毎日通ってくる。聞くともなく聞こえてくる会話の話題はプロ野球の試合結果であったり、児島界隈の造酒屋の銘柄がかつては14近くあった話だったり、昨今は繊維産業の衰退とともに景気がイマイチで、もうああいういい時代はないという話題だったり、いろいろだが、話題の明暗に関わらず、せち辛い世相を超えたあたたかくゆったりした雰囲気が漂っていて、見知らぬ土地で暮しはじめた者にとっては朝のひとときをホッとした気分で過すことができる場所になった。月曜日などは、常連のひとの旅行のお土産をママさんがそっと客席をまわって、おすそ分けしてくれたりする。


- ゆったりしたワーゲンの店内 -
RESTAURANT WAGEN
711-0911 倉敷市児島小川4丁目3-8
86-472-1480
国産ジーンズ資料館は入場無料。電話で予約してお出かけください。
年中無休営業時間内


- ワーゲンのイベリコ豚のステーキ -
食べごたえがある。元気を出したい時に食べるごちそう。
 次に入ったのが、豪壮な野崎武左衛門邸の近くにある「ワーゲン」。クラシックカーとジーンズの大好きなマスターが奥さんと二人で切り盛りしている。モダンで広くゆったりした店内は落ち着いた雰囲気で、ここも年輩中心の常連さんがいっぱいだ。入口にマスターが大好きなビッグジョンのレア・ジーンズが飾ってあり、敷地内には、つい最近、自前の国産ジーンズ資料館を開館した。マスターの趣味であるクラシックカーもゴッド・ファーザーPARTⅡに登場したのと同時代同色の1929年製フィアットだとか、それと同じ年代のアルファロメオの軍用トラック、そしてなによりも地元三菱自動車の初代三菱500が2台もある。驚くべきことに、そのすべてに現役のナンバープレートがついて路上走行が可能である。
 表題に「児島の喫茶店」と書いてくくったが、これは正確ではない。ワーゲンは喫茶店ではなく、「レストラン ワーゲン」で、40年以上前に、児島で最初のドライブインとしてオーブンした食事が主のお店なのである。だから食事のメニューは奥行きが深く、おいしくて、ボリュームがある。イベリコ豚のステーキや焼き飯は、イベリコ豚が今のように持て囃される前にマスターがメニューに加えたので勘定も食べやすい設定になっている。私は、一人暮らしでよく朝食のお世話になる。おにぎりモーニングは、炊き立てご飯のおにぎりが二つ、目玉焼きと野菜サラダ、味噌汁と小皿が一品。それに食後の珈琲がつく。6時半には店が開いているので、朝をしっかり食べておいしい珈琲を飲みながら、ゆったりとした気分で読みかけの本を開くこともできる。夜はステーキカレーをよく注文する。ご飯の上にのっかったステーキの焼き加減がいつもほどよくレアでとてもおいしいと思う。
 今ワーゲンでは、廃線になった下津井電鉄の写真展を開かれている。これほど開かれていて、落ち着いた空間を持った飲食店は、ほんとうに珍しくなった。


- 国産ジーンズ資料館長片山章一さん(ワーゲンのマスター) -


- ワーゲンの焼飯 -



- 珈琲蔵 -


- 蔵のような建築 -


- 店内 -


- 珈琲 -


- スクランブルエッグのサンドイッチ -

 「珈琲蔵」は旧児島図書館の近くにある。珈琲がおいしい。私は酸味のある珈琲が苦手だが、この店のブレンドは好みの味だった。文字通り蔵のような建築で、設計は古民家再生工房の矢吹昭良氏(『古民家再生術』住まい学大系072 (住まいの図書館出版局)に倉敷の本町や東町で古民家再生を手がけている楢村徹氏らとの共著がある)
 外壁の海鼠壁はコーヒー色のタイルが使ってある。店の真ん中にある大きな木のテーブルも、カウンターの天板も手触りがあたたかい。カウンターや壁にしつらえられた棚に本がいっぱいだ。尋常な本好きではないな、という趣である。人の本棚を見せてもらうのは、気が引ける時もあるが、この店は本があるのがごく自然である。カウンターに座ったら丸谷才一の『笹まくら』の文庫本があった。頁をめくって故郷宇和島の天赦園が出てくるあたりを開いた。山岡荘八、子母沢寛、尾崎士郎、かと思うと堀江敏幸、野坂昭如、井上ひさしもある。この店の存在を教えてくれた人によると、新刊への目配せもあって、話題にすると、買ってもう読んだから持ってけばといってマスターが貸してくれることもあるらしい。なにより珈琲がおいしい。ケーキも好評のようだ。一つはちょっと、あるいはいろいろ食べたい人のために、半分にカットしてくれるサービスもありがたい。スクランブルエッグのサンドイッチもある。児島駅近くのイーハトーヴはごちそうノート第120回に記した。
 児島駅前のカレーがおいしいイーハトーヴ
 児島には、ほかにもたくさん喫茶店があって、スタイルも気取ったの、お洒落なの、昔の正統的な純喫茶風のものまで様々だ。昼のランチがおいしかったり、食事のメニューがおどろくほどたくさんあったりと特色もそれぞれで、それぞれに贔屓のお客さんがついている。
 地方都市にさえ、今はめずらしくもない、スターバックス珈琲や、ドトールコーヒーも手軽で、気軽でいい。しかし、どこでも、みんながそれになってしまうのはどうだろう。児島には、その手の喫茶店が少ないかわりに、常連さんが毎日通う、どちらかというと、無駄がいっぱいあって、非効率で人間臭い、サロンのような喫茶店が生きている。これはすごいことだと思う。

Copyright (C) TAKASHI NINOMIYA. All Rights Reserved.
2009-2011