愛媛の地域を探訪するささやかなWEBマガジンです。今後の更新は不定期にいたします。お暇な時にでもご覧いただき、ご意見やご教示をれたまわれば幸いです。
平成21年 7月1日 編集人
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題字・画:藪野 健
- お し ら せ -

・09.12.03
 コラム・寄稿「山頭火を訪ねて、野村朱燐洞に出会う」
日経新聞論説委員の岩田三代さんに、「山頭火を訪ねて、野村朱燐洞に出会う」を寄稿して頂きました。ぜひ、ご一読をお願いします。
山頭火の心友、1918年に世界を襲ったスペイン風邪の大流行で亡くなった自由律俳句の鬼才野村朱鱗洞の墓所は、松山市小坂町のバス停に近い阿扶志(あぶし)共同墓地にあります。
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・09.11.18
 東京の子規 歩く人・子規
11月15 日、井上明久さんの本誌連載『東京の子規』が本になりました。書名は『東京の子規 歩く人・子規』です。  連載に加筆訂正をほどこし、新に漱石と二人で歩いた京都について、また、芭蕉の跡をたどった「はてしらずの記」の旅についてなどの章を書き下ろして上梓されたものです。
 井上さんは子規の「その人の足あと踏めば風薫る」の句を巻頭に掲げ、「僕は子規を“解釈”なんかしたくなかった。ただ、子規を“感じ”たかった。その人の足あとを踏んでいった時に薫ってくる風を、この身いっぱい受けたかった。……歩く人としての子規。僕はもっぱらこの点に深い関心と熱い共感を抱きつつ、本稿を書き進めた。……晩年の子規が持った文学的、人間的な深さや凄みには欠けているだろうが、その代わりこの時期の子規には何にも増して軽やかで勁い脚があった。青々しくて、未熟で、青春の真只中にいた子規。僕はそんな子規に一番強く心惹かれている」とあとがきに書いています。子規が井上さんの平たく、深く、生彩のある筆致で、ぐっと近い存在に思えてくる本です。表紙の装画は藪野健先生の草鞋の紐を結ぶ子規の絵です。
ぜひご購読をお願いします。
版元は松山の創風社出版。定価:本体1600円+税。
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・09.09.13
 コラム・寄稿「ボゴール植物園に中井猛之進の足跡を訪ねる」
戦後は国立科学博物館館長を務め、戦前は、小石川植物園の園長も務めた植物分類学者、東京帝国大学教授中井猛之進の足跡をジャワのボゴール植物園(かつてのゾイテンボルグ植物園)に訪ねた牧村健一郎さんのエッセイです。
中井は戦前、宇和島の伊達家から宇和島の城山の自然林と、お狩り場であった西海鹿島の植生の調査を依頼されたことがある。中井はこの時の調査をまとめた小冊子に宇和島の城山の自然林こそ後世に伝える故郷の文化遺産であり、城郭をつくるときに加えた以上の人工をこの貴重な自然林に加えるべきでないことを明晰に書き残している。
宇和島にとっても忘れることの出来ぬ人物である。
参照:城山の自然林と中井猛之進
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・09.08.08
 新連載 「漱石を読みながら」
「靴風日和」に続いて、井上明久さんの連載がもう一つ始りました。題して『漱石を読みながら』。ご期待下さい。
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         PICKUP - 最新の記事



漱石を読みながら 第05回 

二つの台地と一本の川
 
 漱石を読む、と言っても、真っ向から漱石に立ち向かうほどの技量は僕には毛頭ない。ただ、漱石のまわりを少し遠巻きにしながら、ウロウロと歩き廻ってみたいと思うばかりだ。従って、いたって気楽な、ひどくのんびりした読みものになるだろう。いや、そうなってほしい。
 誰でも漱石に近づくと、とかく肩肘張った、かしこまった文章になりがちだ。何と言ったって相手が豪いので、豪すぎるので、ついついこっちも身構えてしまうことになる。なるべくそうはならないようにしたい。が、気がつけばそうなっているかもしれない。その節は平にご容赦を。
 流れの真ん中に漱石を据えながら、その連想から他の作家や別の出来事に自由に筆を延ばし、また適当に漱石に還ってくる。そんな構成で進めていきたい。だから、タイトルは「漱石を読む」ではなくて、「漱石を読みながら」とする。(井上明久)

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伊予細見
 第142回 

近藤篤山の家 その1 聖人いたるべし
西条市 小松

 JR小松駅前の交叉点を山の方に入り、旧道にあると聞いたよしの餅を売る和菓子屋をさがすうちに、県の史跡になっている近藤篤山旧邸に行きあたった。近藤篤山は伊予聖人とよばれた江戸の後期から末期にかけての儒者である。たまたま、その日は公開日であったので、見せていただくことにした。

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コラム・寄稿 2009年12月 

山頭火を訪ねて、野村朱燐洞に出会う
 
 岩田三代(日本経済新聞論説委員兼編集委員)

 日経新聞論説委員の岩田三代さんに、「山頭火を訪ねて、野村朱燐洞に出会う」を寄稿して頂きました。ぜひ、ご一読をお願いします。
山頭火の心友、1918年に世界を襲ったスペイン風邪の大流行で亡くなった自由律俳句の鬼才野村朱鱗洞の墓所は、松山市小坂町のバス停に近い阿扶志(あぶし)共同墓地にあります。

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小さな自転車の旅
 第06回 

四万十川と予土線の旅
 
 夏の終わりから、四万十流域に出かける回数が増えた。四万十は全長も約200キロ弱と長く、流域も広い。源流域、中流域、下流域と川の様子も周囲の景色も様々に変化する。
 概ね、川の右岸は道幅を広げられ、近年は、大きな橋やトンネルがつくられて車が走りやすい道にどんどん作りかえられている。しかし、それでも、交通量は夏の休暇の季節の他はそれほど多くはない。トンネルの脇の旧道に入れば、昔ながらの静かな道が川沿いに続いていて、所々にある沈下橋を渡れば、左岸に渡ることも出来る。

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靴風日和 第05回 

美しかった村
  ――追憶としての軽井沢

 
 荷風に都市散策の聖典とも言ふべき『日和下駄』と題する一代の名著あり。その真似の真似の真似にも遠く及ばねど、なほなにがしかの真似事をしたき思ひ抑へ難く、下駄の代りに靴をはき、フラリと町の風に吹かれ歩く。よつて、戯れに「靴風日和」と名付けたり。

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ごちそうノート  第 115 回 

幸せになるパン
 
自転車で、日吉村から国道197号の旧道をたどりながら高研山のトンネルまで登り、長いトンネルを抜けて久しぶりに檮原町の田所商店に出かけた。ほうじ茶と抹茶を買った帰り道、天気がいいので、ふと思いついて途中から檮原川にそって土佐大正まで走り、土佐大正からは、自転車をたたんで予土線に乗り、車窓から四万十川の風景を楽しむことにした。

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建築・点描
 2009年08月 

八幡浜市立日土小学校見学会
 
 8月1日に八幡浜市の日土小学校の見学会に出かけた。保存か建て替えかで地元の意見が分かれ、曲折を経て保存改修と増築の選択がなされた。
 日土小学校は、1958年に建てられた。当時、八幡浜市役所に勤めていた建築家松村正恒が設計した一連の学校建築の1つである。軽やかで清潔な外観の、木造インターナショナルスタイルの建築である。

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