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2012年09月号 掲載 
我ら聖なる天使の群れ
 井上 明久 著
 創風社出版刊 定価1500円+税

『我ら聖なる天使の群れ』 井上明久著
 創風社出版刊  定価1500円+税
 8月1日、井上明久さんの『我ら聖なる天使の群れ』が上梓された。帯に書かれている「ビートルズの歌」が巷に流れていた時代の青春の物語である。『東京の子規』に続き、松山の創風社出版が版元だ。
 人間らしさを隠さない、あまり器用な生き方ができない愛すべき教師たちと、大学受験を目前にした男子進学校の知的で稚的で、純粋な高校生たちが主な登場人物である。舞台は、毎年、松山で繰り広げられる「俳句甲子園」の常連校、東京の有名な進学校とその周辺の風景である。田端文士村や、日暮里駅周辺、子規が虚子とつらい会話をした道灌山近くを思わせる場所が次々と登場する。
 しかし、その受験校や、登場人物はもちろん、実在したと思える人名も、由緒のある地名も、音をなぞった架空のものにすべて置き換えてある。まず小説であるし、作者の井上さんは、かつて通った時代の思い出の風景を思えば、現在の姿を思わせる実在の名前で書くことは出来なかったと思われる。しかし、愛すべき教師のニックネームだけはそのままのようだ。
 表紙に描かれた教師の絵は小説中の「おばけ」の姿であるという。「おばけ」は古文の教師であったが、授業をさぼる生徒は一人もいなかった。教材は『古今著聞集』の厖大な説話から怪異譚中心の独特のラインナップをガリに切ったもの。授業は、ふとしたきっかけで、毎度、おばけ話に脱線する、脱線したおばけ話が生徒の心をとらえて離さない。ある時、「おばけ」が、おばけにとって香典ほどばかばかしいものはないと話しはじめる。「おばけはお金を持って物を売り買いすることはできないんです。何故かといいますと、おばけにはおあしがないからです……そうしたものは生きている内に使ってこそ、大きな意義を持つことになるのです」。生徒たちは、それから授業の後に、帽子をまわしてお香典をあつめ「おばけ」に渡しはじめる。逡巡した後、一転し思い直して受け取った「おばけ」は、次の授業から、生徒の香典に、いくらかを足して教室に毎回切り花を持ってきて飾らせることが習わしとなった。


 小説には淡いプラトン風の恋愛と、教師のごくあたりまえの哀感にみちた市井の人生模様が淡々と描かれ、学校周辺の、情緒のある風景と町の息づかいのようなものが、あたたかく、たしかな筆致で書きこまれている。かつて、作者のいた場所が正直に描かれているばかりなのである。だから読んでいて、しみじみとした哀感にしたることができる。
 蛇足を言えば、駄作であると傑作であるに関わらず、最近の多くのベストセラー小説のように、本作には、いじめも、血も暴力もセックスも、刺激の強いあからさまな事件は、なにひとつ登場しない。井上さんにはそのようなものは、書けないし、井上さんは書かないだろう。そんなものは、酷薄さがあふれる日常の見聞きでたくさんだ。井上さんの世界は、つらい出来事もルサンチマンとはさっぱりと無縁に描かれている。
 私は、本作のような、「おばけ」の香典返しのような心映えで書かれた井上さんの文学が、細々とでも、生きていることに大きな喜びをおぼえる。
 勝手な了見を言わせてもらえば、多くの人々が、御一読されることを願う。次作に、次々作に期待し、ぜひ生前の香典をお出しいただきたいと思うのである。





内子で傘茶房高畑で
井上 明久(いのうえ あきひさ)
1945年東京生まれ。作家、早稲田大学講師。1968年慶應義塾大学経済学部卒。河出書房新社入社。『小田実全仕事』、『辻邦生作品全六巻』等を編集。1976年中央公論社入社。出版部在籍後に『マリ・クレール』編集部に移り、1991年から6年間同誌の編集長を務める。1997年同社退社後、執筆活動にはいる。著書に、長篇小説『佐保神の別れ』、『惜春』(いずれも河出書房新社)。随筆『東京の子規―歩く人・正岡子規』(創風社出版)。藪野健の絵と井上明久の文による共著に、『漱石2時間ウォーキング』、『荷風2時間ウォーキング』、『東京下町2時間ウォーキング』『パリ2時間ウォーキング』(すべて中央公論新社刊)など多数がある。

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