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1998年09月号 掲載 
文豪ミステリ傑作選 井上 明久編
「三島由紀夫集」「芥川龍之介集」 

 (ともに定価693円(税込) ) 


 世はミステリ小説の花盛りである。本格ものからホラー、大掛かりで派手なものから渋い人情もの、実録社会ものから荒唐無稽もの、その多様さ、多彩さは正に百花繚乱の趣きがある。
 そしてここに、これまでとは一味も二味も異なる新しい視点でミステリ小説を把えた新シリーズが誕生した。その名も《文豪ミステリ傑作選》と銘打たれ、「芥川龍之介集」と「三島由紀夫集」が刊行された。
 エッ?芥川がミステリ小説なんて書いたの、三島にミステリ小説があったっけ、と驚かれる向きもあろうかと思うが、ここで言う“ミステリ”とは、物語の中心に“謎”が仕掛けられ、その謎をめぐって話が展開してゆくという類の作品を意味している。そのような観点から把え直すと、芥川も三島も、人間の謎、人生の謎、美の謎を解くことに命をかけた偉大なる探偵だったと言えなくもない。  例えば、芥川の名作「藪の中」は、黒澤明監督の映画「羅生門」の原作としても有名だが、本来は一つの事実しかあり得ない出来事に対して、複数の関係者が全く異なるその人間の数だけの真実を述べ立てる物語である。己れの夢と欲望にとりつかれてエゴイズムから逃れることのできない人間の謎を、まるで優れたパズル小説のように一つ一つ暴いていく。けれども普通のパズル小説と違って、ここでは解答は一つではない。
 例えば、三島の傑作「孔雀」では、遊園地で二十七羽もの孔雀が殺され、いつもその孔雀を飽かず眺めていた、近くに住む中年男に嫌疑がかけられる。やがてそれは野犬の仕業ということになるが、必ず人間がやったことだと確信するその中年男は刑事と一緒に囮捜査に立会う。深夜、犬を引き連れて近づいて来た男の顔を見ると、ナント、それは若き日の……。幻想のなかの犯罪という三島好みの主題には、深いミステリが秘められている。 香り高い文学性とミステリ小説の味わいが見事にブレンドされた名品の数々を読んでみては如何ですか。

井上 明久(作家)

 
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