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2002年12月号 掲載 
『パリ2時間ウォーキング』
 
藪野健・井上明久著
 (中央公論新社刊定価税別二千二百円) 

「芭蕉・去来」
 本誌、表紙の藪野健先生と、『東京の子規』を連載していただいている作家井上明久さんとの共著である。井上さんがあとがきで、藪野先生とは「何度もパリに御一緒する機会を持つことができたが、それらはいずれも僕にとって特別に忘れ難いパリとして鮮烈な記憶の中にある」と書いておられる通り、お二人のパリへの思いがこもったすばらしい本だ。




 版を重ねている、「東京2時間ウォーキング」のシリーズも、ページを開いているだけで、書名に付された「歩く、感じる、描く。」というキャッチコピーそのままの気分に誘われる。しかし、本書の味わいは又格別だ。私は絵を眺め、読み進むうちに、かつて井上さんがあけぼの誌上で紹介して下さった「森有正エッセイ集成」に収められたいくつかのエッセイを思い出した。たとえば、森有正は書いている。「私はパリの街を歩くのが好きである。自動車やバスで走ることではとても味わえない喜びを、それは私にあたえてくれる。バリは美しいすばらしい町である。けれども、その本当のおもしろさはその細部にある。というのはその細部で、パリは何かもっと深いものに触れているからである」。本書は、類書と一線を画した、美しく品位のある絵と絵地図、達意の文章によってパリの魅力を具体的に、実践的にとらえていて、情報としても過不足がない。しかし、ただ、それだけではない。本書には、「何かもっと深いものに触れ」させてくれる細部へのさりげない導きと、ひそやかな感動がある。森有正はまた「名もないパリの民家や非宗教的な建物にひかれるようになって、憑かれたように町々を歩き廻った。ある日、ふと町角にあるゴチックの教会堂をながめた時、町の家屋の中に認めた美しさがそこに集積しているのが俄かに感ぜられ、感動を新たにした」と書いている。本書はそんなパリの町歩きに誘ってくれる無二の、すばらしいガイドブックだと思うのである。パリに行きたくてなかなかいけぬ人も、これからパリに出かける人も、また帰ってきたばかりの人も、ぜひご一読を。
 
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