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1999年01月号 掲載 
『殺し屋』
 
ローレンス・ブロック 著 田口 俊樹訳
 (二見書房発行 二見文庫本体790円+税) 

ローレンス・ブロック
(Photograph by Sigrid Estrada)
 ローレンス・ブロックといえば、アル中探偵マット・スカダーと、泥棒探偵バーニー・ローデンバーという二つの人気シリーズもので、世界中のミステリ・ファンを大いにうならせている大物だが、その地位に甘んずることなく新境地を切り拓くことにも情熱を燃やすタイプの作家でもある。昨年の二月に邦訳が出た『盲目の予言者』はミステリの世界とは異なる分野に題材を取った、大人の童話とも呼ぶべき異色の長編だった。そしてこの『殺し屋』は、ズバリのタイトル通りに、ケラーと呼ばれるひとりの“殺し屋”を主人公にした短篇連作集だが、これまで事件の謎を解いて真犯人にたどり着くという探偵の側から作品を作ってきたブロックが、ここでは一転して殺人を犯す側からの視点で物語を構成しているところが新鮮である。


 ある日、依頼人から連絡が入る。無論、その依頼人とは長年の信義で結ばれている。指名された人間を追って、飛行機とレンタカーを乗り継ぎ、その場所におもむく。それから対象をじっくりと観察し、その行動を要約し、最も確かで安全な殺害の方法を見出し、そして実行する。それだけだ。そこには、僅かな逡巡も良心の呵責もない。相手への同情も憐愍もない。あるのは義務(つとめ)をやりとげた一種の達成感である。まるで、セールスマンが地方に出張し、初めて出会った見知らぬ相手に商品を売りつけ、鞄の中身を空にして帰ってくるように。もっともケラーの場合、売るのではなく奪うのであり、空にしてくるのは相手の命なのだが。それがケラーの仕事(ビジネス)なのである。
 ケラーは悪の権化か? 血に飢えた殺人狂か? いや、少しもそんなものではない。普段はニューヨークでひとりで暮らす孤独な中年男にすぎない。ただ、時たま依頼のある“殺し”を職業にしているだけなのである。とは言いながら、その職業は一般的には決して誉められたものではなく、道徳的、人道的に容易に共感を得られそうもない。そうした人物を主人公に据えながら、如何に魅力的な物語(ストーリー)を創造してゆくか。そして読み終わった後に、ひとりの男の、実に風変りではあるが必ずしも無縁とは言えないような人生と深く関り合ったという感情を読者の心に生み出すことができるか。そこに、小説の名人ローレンス・ブロックの手腕がかかっている。これはもう、実際に読んでいただくしかないことだが、この作品に流れている“渇いた詩情”とも言うべきブロックならではの諦観と洞察を秘めた文章は見事である。
 この作品は又、連作を貫くメイン・ストーリーが面白いのは当然として、サイド・ストーリーでもあれこれと充分に楽しめる。例えば(と、その中の一つだけを挙げれば)、孤独な殺し屋の話相手として犬が出てくるのだが、オーストラリアン・キャトル・ドッグという珍しい種類のこの犬との交情が切なく美しい。それは、その犬にまつわる若い娘との交情が切なく美しいからでもあるのだが。

井上 明久(作家)

 
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