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1998年05月号 掲載 
『赤線跡を歩く』
 
【写真・文】木村 聡
 (自由国民社 (定価1,700円+税) ) 


 実に、ユニークかつ貴重な本である。
 書名の「赤線」は、今やほとんど死語となったが、東京各地、そして関東及び関西の主な旧赤線地域、全四十箇所を訪ね歩き、写真と文章で往時の夢の跡をたどってゆく。
 それにしても、人権やフェミニズムから言えば否定されるべきこうした〟悪の場所〟は、何と豊かな綺想と創意にあふれた、奇妙でそれでいて充分に魅力的な建築群を生み出したことだろう。それは、女たちをより美しく見せるための舞台であったのか。あるいは、男たちを見果てぬ夢へと誘う幻想の装置であったのか。
 異容とも威容とも言える看板建築、窓の刳形や柱の隅々にほどこされた彫物などの入念なディテール、色鮮やかなタイル、妖しい絵模様のステンドグラス、闇に浮かびあがる幻想的な軒灯―かつてこの世に生まれ、そして滅び、今後永遠に二度と生まれてくることはないであろうこれらの建物の一つ一つを愛惜するのは罪あることだろうか。

井上 明久(作家)

 
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