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2002年04月号 掲載

 
オアハカ メキシコ南部山岳地帯 
関 洋人 (大洲市在住)

オアハカビーフを焼く客。店の人にあらず。
 マリア・テレサでのおいしい朝食に大満足したわれわれは、元気を取り戻したK君とH老を連れて、ふたたびメルカドの中をうろついていた。
 しばらくして、オアハカ名物の乾燥した牛肉の薄切りを炭火で焼いて食べさせる店を見つけたH老が、朝食を食べたばかりだというのに「俺、あれ食ってみたいな」と言う。憔悴しきった昨夜の姿を思えば奇蹟のような話である。H老の食欲を刺激したのは、われわれが勝手にオアハカ・ビーフと名付けている、乾燥させ薄く切った牛肉である。店に行き、先ずその乾燥牛肉を好きなだけ買い、店の前に熾してある炭火で自分が焼いて、自前のトルティージャ(メルカドの出入口に何カ所か売る店があるが、自宅で焼いて持ってきてもいい)に包んで食べるというのがふつうのやり方である。H老が見つけた店の店先では、丁度、一人の女性客がトルティージャを手に持って肉が焼けるのを待っているところだった。ここで事件が起きた。アッという間にH老が店に近づき、その女性客の手からトルティージャを「奪い取り」、そろそろいい具合に焼きあがってきた彼女の肉を指さして「奪い取った」トルティージャに包んでくれと催促したのである。もちろん初めてオアハカに来たH老がオアハカビーフの店のシステムを知るはずもなく、H老は女性客をトルティージャに肉を挟んで売っている店の人と勝手に思いこんだのである。自分が人様のものを奪い取ったなどとは思いもよらない。一方、女性の方も、あまりにも予想を超えた行為に、一瞬何が起こったのか理解できず、驚きのあまりポカンと口を開けたままだ。周囲は騒然となった。われわれもまた思わぬ事態に呆然としてただ成り行きを見守るばかり。が、さすがに、H老は一代で札幌に六階建てのビルを本拠とする中堅企業を築き上げた立志伝中の人物であった。周囲の状況から自らの非を感知してトルティージャを素早く女性に返して謝り、事なきを得たのである。もちろん、ここが温厚な人の多いオアハカであったことも幸いしたのであった。
(つづく)

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