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2000年12月号 掲載
第 39 回 豆腐 
高橋豆腐店 
東宇和郡宇和町久枝 
TEL0894-62-1382 


 ことわるのもおかしいが、豆腐が好きである。これほど便利で安価でおいしい食べ物はない。 子供の頃からどこに越しても、自分の住む町に一軒は必ず豆腐屋があった。学生の時の下宿の近くにも、会社に勤め日本の西から東まで転勤を繰り返したときも、歩いて行ける所に豆腐屋のない街はなかった。豆腐屋は日本の毎日の暮らしになくてはならないものに思えた。
 季節なりにそのまま食べてもおいしいし、味噌汁に入れても、鍋に入れても、煮ても、揚げても、和えものにしてもおいしい。さっぱりしていて、しかも複雑で深い味わいがある。手軽にといえば手軽に食べれるし、さらに、食べ方や器を工夫すれば境涯や季節に応じた涼しさや温かさをしみじみと味わうことができる。
 豆腐を詠んでいるせいか「兄弟の夕餉短し冷奴 加藤楸邨」「鯵焼けてくるのを待つや冷奴 久保田万太郎」「湯豆腐や雪になりつゝ宵の雨 松根東洋城」「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎」などの句はぐっと身近に感じられるのである。
 宇和町久枝の高橋豆腐店の豆腐はなかでも格別においしい。奴で食べても、田楽にしても、湯豆腐でたべても、木綿漉しのしっかりした腰があり、加えて口当たりが柔らかい。こくがあって、ほのかな甘味がある。厚揚げも、薄揚げも、簀巻き豆腐もおいしい。

高橋豆腐店の豆腐
県道宇和高山線の宇和町久枝にある。普通の民家のようでちょっとわかりにくい。 日曜は休み。簀巻き豆腐(写真左)や厚揚げは電話で頼んでおいたほうが確実です。
 デパートなどで、材料や水を誇示して木箱に入れ高い値段を付けた豆腐が飛ぶように売れたりする。それはそれでいいが、誰でも毎日と言う訳にはいかない。毎日、顔の分かる近所の人だけを相手にして、普通の材料で普通に、決まった量の美味しい豆腐をつくる技をもった高橋豆腐店の如き存在が私などには貴重である。
 豆腐は生き物だから、毎日、天気と相談して作る量を決め、その日のうちに売り切るのが豆腐屋の基本だといわれる。「豆腐には足がある。一日ポッキリで味が逃げてしまう」という人もいる。
 高橋豆腐店に出かけ、水槽の中からすくって包んでもらった豆腐はたしかに一味違う気がする。できるなら毎日でも買いに行きたい。
 
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