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2003年07月号 掲載
第 63 回 「ぎざみ」の刺身 
浜 勝 
愛媛県今治市大浜 
TEL0898-32-6105 

ぎざみの刺身。骨はあとで唐揚げにして食べさせてくれた。
「ぎざみ」は塩焼きもよいそうだ。その日の時価が黒板に書いてある。 心配のない値段。来島海峡の旬の魚をおいしく食べさせてくれる店である。
 しまなみ海道半日の旅の帰りに今治市大浜の浜勝に寄った。ご主人の甥御さんが、カウンターの上に置いてある小さなおすすめ黒板の中から、今がちょうど旬の「ぎざみ」の刺身をすすめてくれた。
 私は一瞬「えっベラを刺身に」とたじろいだ。「ぎざみ」はいわゆるベラのことで、ところによってはキュウウセンなどとも呼ばれる。雄は魚体の青みが目立ち、胸ビレのすぐうしろに黒い斑があってちょっと熱帯の魚を思わせるところもある。雌は赤みが強い。  漱石の「坊っちゃん」で赤シャツと野太鼓に誘われて、釣りに出かけた坊っちゃんが松山のターナー島のあたりで釣りあげたのがこの魚である。「船縁から覗いてみたら、金魚のような縞のある魚が糸にくっついて、右左へただよいながら、手に応じて浮き上がってくる」とある。坊っちゃんは「おや釣れましたかね、後世恐るべし…でも一番槍はお手柄だがゴルキじゃ」などと野太鼓に揶揄されるのである。松山地方ではベラのことをゴルキと呼ぶのだが、赤シャツが「まるで露西亜の文学者のような名だね」と洒落て坊っちゃんの顰蹙を誘ったくらいで、魚としてはずいぶん軽く見られたふしがある。べらは、身が柔らかく、ぶよぶよしているから松山地方だけでなく多くの土地で下魚扱いされ、見向きもされない。だから東京人の漱石のベラの扱いを格別に不当なものとは言えない。
 ところが、ここ来島海峡では事情がまったくことなる。来島海峡に育つ「ぎざみ」は冬の水温が低いために成長が遅い。さらに速い潮の流れに揉まれて身が引き締まり、やや肥満体質のベラとは一線を画した上品な味わいのある白身の魚となるのだそうだ。松山では軽く見られたゴルキことベラが、魚好きに珍重される高級魚「ぎざみ」に変身するのである。
 甥御さんがよく太った「ぎざみ」を薄造りの刺身にして食べさせてくれた。ぷりぷりした、少しの生臭さもない上品な味わいだ。ほのかな甘みもある。見た目は金魚かもしれないが絶品に近い味と断定してもよい。
 来島海峡の「ぎざみ」の旬は夏の六月、七月、八月。
 漱石が、もし「ぎざみ」を食したら、きっとその美味に瞠目したにちがいない。
 
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