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2008年06月号 掲載
第 108 回 檮原のお茶
 
田所製茶場  高知県梼原町1328
電話0889-65-0588
(郵パックで送ってもらうことができます)


できたての新茶

 五月の休日に自転車で高知県檮原町の田所製茶場に出かけた。無農薬有機栽培の新茶をもとめに出かけたのである。田所製茶場では、田所春男さん、良子さんのご夫妻が、先代の始めた自然でおいしいお茶づくりを今も変らぬやり方でつづけている。店は、国道197号線から梼原町の商店街に入った郵便局の先、農協のすぐ近くにある。檮原は最近、隈研吾設計の新しい庁舎も完成し、町中の道路が拡幅されて町並みが見違えるように変った。田所さんのお店もぼんやり走っていたら通り過ぎてしまったくらいだ。行きつ戻りつして、店の前に自転車を置き、入口のガラス戸を見ると、「裏の工場におります」という貼紙がしてあった。お茶づくりが忙しいのだろう。少し先の露地を左に入り、店の裏手にまわって工場の入口で声をかけると、ご主人の田所春男さんが出て来られた。

工場内部。旧式だ。
 梼原町の農家は昔から、山すその棚田の脇の小さい茶畑で、自家用に、農薬も除草剤も撒かず、ごく自然なやり方でお茶をつくってきた。手をかけないから、茶葉も大ぶりで、みかけは整っていない。しかし、薬品らしきものは一切使わぬ、純粋で自然な香りと味わいを持った茶葉である。田所さんは、その無農薬の茶葉を一手に仕入れてお茶を作るのである。無農薬のお茶は、木を守るために、一番茶しか摘まないから、つくる量は決して多くない。茶葉を蒸す釜も、容量が二十五キロのが二つあるきりで、製茶機械も一番古い形のものだ。最近のコンピューターで制御するタイプではもちろんない。室温が四十五度にも上がろうという中で、田所さん夫妻が汗を吹き出しながら、自分の手で、出来上がり具合を確認しながら、蒸し上げ、乾燥し、揉捻する。
 「おひさしぶりです」と挨拶して早速お茶をわけてもらう。工場の中は新茶の香りでいっぱいだ。つくられたばかりの煎茶とほうじ茶を詰めてもらい、新茶を挽いてつくる抹茶はありませんかと聞くと、六月になるとのこと。また来よう。
 帰りに新茶でつくった冷茶を水筒にたっぷり詰めてもらった。田所さんの緑茶は、ふだんに、長く飲んでいるとよさがわかる、毎日の一服がありがたいお茶である。よそに出かけて家に帰り、食事時にお茶を飲むと、このお茶は、すがすがしい茶葉の香りと味がそのままに生きていることにふと気づかされる。少し焙じたものもある。茶は、やや赤い色に出る。農家が自家用に作る釜炒りのお茶に近い味わいだ。胸がすっとし、気分が引き立つ。ごはんに、びったりのお茶。
 先代から受け継いで四十年の間、ずっとお茶を作り続けてきた田所さんの経験と技術、茶葉のよさ。質実醇乎たる梼原人の気風そのままのお茶である。

 
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