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1998年01月号 掲載
第 12 回 町並みとコーヒー
傘茶房 高畑 
内子町八日市 
傘茶房は10時30分~午後4時  定休日は火曜日 

傘茶房高畑店内。この建物は店主のお父様が和傘屋を経営していたときの仕事場だった。 10年ほど前に内子の町並みに調和した修復を行い喫茶店として活用した。当初の建物は江戸時代末のもの。 再生工事を手がけた建築家の永見進夫氏は「柱は1本1本根継ぎをし、壁は小舞を掻き、手打壁といった内子 の伝統的な技法で修理した」(雑誌『住宅建築』'96年11月号)と書いている。
 去年の秋の初め頃、内子の中でも、とびきり美しい建物が連なる八日市の町並みを歩いていたときのことだ。本芳我邸のすぐ近くにある出格子の建物の中にコーヒーを飲んでいる人の姿が見えた。喫茶店らしい看板があるわけでもないので、不思議に思い、つい入口の戸の上に掲げられた小さな木の表札を見た。端正な字で「傘茶房高畑」と書いてあった。ちょうど歩きくたびれていたときだった。「茶房」という言葉に誘われ、中に一歩入って驚いた。店内の雰囲気がハッとするほど良いのだ。壁は外壁と同じで、黄土をまぜたシックイ塗り。土間は板張りになっていて、柱や梁と同じ色調の木製テーブルや椅子がゆったりと配置されていた。壁や古い木材の伝統的な色調が醸し出す落ち着いた雰囲気と、家具やカウンターの新しく清潔な雰囲気がすこしの齟齬もなく調和していた。顔見知りらしい女性客と会話を交わしていたカウンターの中の女性が明るい声で「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。

お抹茶と和菓子で400円('97年12月末現在)。コーヒー、紅茶も格別の味わいであることはいうまでもない。 すべてに控え目な高畑さんは決して自分からは仰らないが、コーヒー豆も特別に 少量ずつ焙煎したものを取り寄せられている。
 店主の高畑みちえさんだった。奥には八畳の和室があり、さらにその奥には中庭が見えた。私は中庭への出入口の手前に置かれた二人掛けのテーブルに席をとり抹茶を注文した。陶製の籠に入ったおしぼりと水が出された後に、しばらくして、「キセワタというお菓子です」との説明付きで和菓子がテーブルに置かれた。高畑さんに「キセワタ」とは、どういう謂われのあるお菓子なのかを聞いてみた。九月九日、重陽の日の前日に菊の花に綿を被せ、翌朝、露に湿った綿で顔を拭うと長生きするという言い伝えがある。菊に綿を被せた姿に作ったお菓子ではないかとのことだった。ほどよく甘さが抑えられた、品の良い味わいのお菓子だ。「キセワタ」を食べ終わった頃にお抹茶が供された。それはそれは、丁寧に点てられたお抹茶だった。お抹茶を頂いていて、ほんとうに疲れが芯から癒やされたような気分になった。それから、 この店に何度通ったことだろう。一人で、また友人と、あるいは遠来の客人たちと。 何度訪れても、店の佇まい、コーヒーや紅茶、そして抹茶の味にも器にも、きちんとしたこだわりとさりげない心遣いが感じられるのは少しもかわらない。高畑さんの見事なホスピタリティーに心から感服させられるばかりなのであった。

1階奥の和室

傘茶房「高畑」外観

 
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