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2006年08月号 掲載
第 91 回 氷しるこ
 
  
 

湖月で。氷しるこ 
 暑い。近鉄奈良駅から電車に乗る前に、店先の「氷しるこ」の涼しげな、はり紙を目にして、迷わず和菓子舗「湖月」に駆け込んだ。湖月は、奥が和風の喫茶店になっていて、学生の頃、奈良の寺を巡った帰りに、よく立ち寄ったなつかしい店である。一度ワラビ餅のことを書いた時に触れたが、店は何年か前に木造からピルに建て替えられた。しかし、間口が狭いのも中の雰囲気が落ち着いているのも、和菓子がおいしいのも変わりはない。
 今日は、入口に近い壁に秋篠寺の伎芸天のモノクロ写真の額がかけてある。奥にかけてある会津八一の歌の額は、「おおらかに両手の指を開かせて大き仏は天垂らしたり」(実際はひらがなで書いてある)。いちばん奥の坪庭を背にした席に腰を下ろして、汗を拭っていたら、雪のようなかき氷を山盛りにしたガラスの器が黒い塗りの卓に供された。
 最初は、新雪を頬張るような食感である。小さな雪の山を崩して行くうちに白玉とこしあんが見えてくる。こしあんをまぶしつけるようにして、氷の中から白玉をすくい取る。「新雪」で涼しさを楽しんだ後だけに、あっさりした甘味をいちだんとおいしく感じた。
 食べ終わると、夏の氷しるこも悪くないが、ワラビ餅も捨てがたい、いや、冬のお汁粉のおいしさは格別だなどと欲の深いことを思う。湖月は看板が松山人、河東碧梧桐の書であるのもうれしい。特徴のある字だからすぐそれと知れる。
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