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2004年06月号 掲載
第 68 回 穴子丼 
浜 勝 
 
 

穴子天丼 735円税込み

アコの刺身 時価。
(小さなその日のおすすめメニューの黒板に値段が書いてある。)
 私は穴子が好きだ。煮たのも焼いたのも、天ぷらもそれぞれにおいしいと思う。今治の大浜、浜勝の山本さんから葉書が来た。穴子天丼を始めたという。私が穴子好きなのを知っていて、知らせてくれたのだ。税込み七三五円と値段まで書いてくれている。食べに行かねばという気持ちがむらむらとわいてきた。
 穴子は不思議な魚である。汚れた東京の品川や羽田の海に棲んでいるものであっても、PCBだとか有害な物質が体内にそれほど蓄積されていないという。東京に住んでいた頃、浜松町から品川の海に船を出して穴子漁をする人と知り合った。一日船に同乗させてもらったことがある。いったん、入ったら出られぬ仕掛けをした、直径十センチ、長さ三十センチほどのビニールの筒を数珠繋ぎにしたのを、船から海に放り込んで、後は寝て待つという、傍目には暢気に見えるやり方だった。江戸前の寿司ネタには欠かせない東京湾の穴子は梅雨の頃が、大きさも味もいちばんよいのだと教えてくれた。
 山本さんに東京の穴子の話をすると、「うちの穴子は来島の水がきれいなとこでとれとるから、汚い海で育ったのに比べると少し味が落ちるかも知れん」などと平然と言う。しかし、浜勝の穴子は決して負けていない。白焼きにしても、すこしの嫌みもない淡泊な味わいで、適度な歯ごたえと柔らかさが美味しさを増幅する。煮たのも、天ぷらも無茶苦茶おいしい。一度、話に夢中になって穴子の天ぷらが冷めてしまったことがあった。ちょうど暇な時間だったので、山本さんが、炙って食べさせてくれた。一度揚げた衣がぱりっと香ばしく、中の穴子がほかほかとふっくらとしてとても美味しかった。
 月末の土曜日に松山に出かけた。今治に足をのばして、気になっていた穴子天丼を食べた。甘さを抑えた天つゆをすってはんなりとした衣も、中の穴子も、味がほどよくしみたご飯も期待通り、格別の味だった。穴子好きの私でなくともこれはいけると思う。いっしょに食べた今が旬のアコの刺身も最高。ぜひお出かけ下さい。
 
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