過去の連載記事
同じ年の連載記事
1998年02月号 掲載
第 13 回 カ ツ 丼
浜田屋 
伊予市灘町 
TEL089-982-0145 
 カツ丼が好きである。子供の頃、母親に連れられて入った食堂のカツ丼が忘れられない。カツの肉は薄かった。衣のパン粉は細かくて、サクサクとした歯ごたえがあり、甘辛い醤油味の汁がほどよくしみていた。カツの上の卵は固まりすぎず、御飯にも適度におつゆがしみていた。子供心にこんなうまいものはほかにないと思ったものだった。

しっぽくうどん 400円
うどんや中華そばもおいしいが、オムライスなどの洋食もおいしい。

伊予市灘町 浜田屋の玉子入りカツ丼650円。
(価格は1998年1月現在)味噌汁お新香付き。

 今も方々でよくカツ丼を食べる。肉質やカツの大きさを誇る、いわゆる高級カツ丼がふえた気はするが、なかなかおいしいものにあたらない。食べ終わって、何か物足りない思いをすることが多い。詩人の吉本隆明がカツ丼のおいしさについて「うまいカツ丼の条件は揚げたカツと御飯がどの程度醤油味をしみこませているか、卵と長ネギ(または玉ネギ)だけで、どこまでカツの表面と周辺を覆っているか、単調な醤油味がどこまで深いかによってきまる。ネギ以外に余計なものを入れたり、醤油味を複雑に拡げるために、さまざまなものをまぜたりしたら艶消しだとおもう。カツの肉は適度に脂身をのこし、適度に上等であるのがいい。最上級のヒレ肉やロース肉など使わないほうがいいとおもう」(『食べものの話』丸山学芸図書)と書いていた。私は、ハラハラと三つ葉が散らしてある築地の市場にある「豊ちゃん食堂」のカツ丼も大好きだが、カツ丼やうどんのようなものは、日常の味として飽きずに、おいしく長続きして食べられるものでなければ意味がないとするこの吉本の指摘には同感だ。
 最近、伊予市灘町、浜田屋で久しぶりに美味しいカツ丼に出会った。食べてみれば分かることだが、あれこれの理屈抜きに、繰り返し、飽きずにおいしく食べられるカツ丼なのだ。玉子なしでカツに汁をかけただけのものと、玉子付きのものと二種類のカツ丼があるが、それぞれにおいしい。カツの衣は食べ終わるまでサクサク感が残り、カツにふられた胡椒とわずかに甘めの醤油だれが混じり合って、なつかしく、不思議な味わいがした。どちらかと云えば、私は玉子付きをすすめる。しかし、時には、御飯の上のカツの偉容が楽しめる玉子なしのカツ丼が無性に食べたくなることもある。わが家の子供たちは、二人とも玉子無しの大ファンだ。

玉子なし。600円。
カツの偉容を見よ!!

浜田屋 浜田芳雄さんが120年六代目の味と暖簾を守る。風格ある建物は昭和初期。 大衆的で気軽に入れるお店。

 
Copyright (C) T.N. All Rights Reserved.
1997-2012