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2002年03月号 掲載
第 53 回 富屋勧商場の焼きそば 
富屋勧商場 
北条市辻 
TEL089-993-3522 夕方 5時半~

早坂焼自筆の看板。暖簾はない。

いかつい風貌の大将が専門につくる焼きそばは忘れられぬ味。
風早猛虎会御用達、阪神ファンの店でもある。
 おいしいと聞いた北条市の居酒屋「富屋勧商場」の焼きそばを食べたくて、若いときから通っているという友人のIを誘った。
 「富屋勧商場」は、北条市辻の伊予銀行支店のそば、国道一九七号線が鉤の手にまがった場所にある。脚本家で作家の早坂暁が生まれ育った家である。古い遍路道に面していて、店の名は早坂の脚本になるNHKドラマ「花へんろ」に出て来た四国風早町の「富屋勧商場」そのままだ。早坂が育った頃から戦後にかけては、居酒屋ではなくテレビドラマの通り、本から生活雑貨までなんでも揃う小さな百貨店のようなものだったという。北条の町中で育ったIには、勧商場が小さな百貨店だったという遠い記憶があると聞いたこともある。開店を十五分くらい過ぎた頃店に入った。頑固を絵に描いたようないかつい風貌のおじさんがカウンターの大皿に揚げたてのかき揚げを並べていた。「大将、こんばんは」と旧知のIが声をかけると、こっちを見たおじさんの表情が一瞬のうちに和んだ。
 カウンターに座り、早速、生ビール、唐揚げと焼きそばを注文。唐揚は骨付きで下味が適度についている。外側がカリッとして香ばしく、生ビールにピツタリの味だ。旨い。昔話をしながら中ジョッキを一杯飲み終えた頃、「大将」が熱した鉄皿に盛ったあつあつの焼きそばをカウンターの上に置いた。白く立ち上がる湯気の間から鰹節やら甘酸っぱいソースの匂いが立ちのぼってくる。焼きそばの真ん中に置かれた玉子が半熟に煮えている。「大将」とポンポン言葉をかわしながら忙しく立ち働いている女将さんが「もう二十五年焼きそばを焼いてるからね」と横から声をかける。早速いただいた。たしかに美味い。ごくふつうの、甘めの単純な味のようでいて、大将の風貌のように年季のはいった滋味がある。同じソースの焼きそばなのにいつも食べているのとずいぶん違う。私たちはおでんを何本か食べ、アナゴの天ぷら、酢ガキなども食べたが、それぞれみんなおいしかった。そして、安い。

おでんもおいしい。
 気取らず、大衆的で温かい雰囲気、昔の東映時代劇で水戸黄門や大久保彦左衛門を演じた月形竜之介そっくりの「大将」、親切でてきばきした女将さんと店を手伝う二組の息子さん夫婦、そして出される料理と酒のうまさ。一度来て、忘れられない店になった。
 予約すれば、気軽に宴会も出来るし、大人が集まる居酒屋ではあるが、日曜の夜には、お好み焼きや焼きそばを食べに家族連れで来てもよい。ほんとうに懐の広い店である。
 
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