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2005年04月号 掲載
第 76 回 鰆のにぎり寿司
う越勝 
松山市北条 
 TEL:089-933-0070 

荒磯巻を巻くご主人

特上にぎり(中央が鰆)
 友人が急に帰省してきた。半日ほどしか時間がとれないので、駆け足で北条へ出かけ、昼ご飯を食べることにした。新しいバイパスを走り、粟井トンネルを越えた先で、見当をつけて海側に曲がり、旧道に出て柳原に向かう。かつて大洲藩の飛び地だった風早郡の代官をしていた祖父と少年中江藤樹が暮らしていた所である。文房具店の脇に立つ「中江藤樹先生志学の地」の碑を見て、すぐ先の海辺に出た。小さな港に向かって鳥居が立つ三穂神社に参拝して国道にもどる。犬養毅が名付け親の雪雀酒造の蔵を見ながら、少し先の橋を渡ると高浜虚子揺籃の地、松ノ下(まつのげ)である。虚子の父は明治の廃藩の後に、この辺に郷居したため、虚子は一歳から八歳までの幼少期をこの地で過ごした。小さなお堂と阿波の遍路のお墓は今も当時と変らずにあるが、かつてあった老松は枯れ、後に訪れた虚子が植樹した小さな松と「此松の下に佇めば露の我」の句碑があり、虚子の上半身の石像が道に向かって立っている。幼い虚子が毎日眺めて暮らした高縄山の大きな山容、恵良(えりょう)、腰折(こしおれ)、おんご、めんごの山々を右手に、左手に陸続きのように見える鹿島を見ながら五分も走ると北条の町中に着く。丁度ここで昼になった。迷わず、港の方に曲がり、船だまりの手前を右折し、少し先で右にもう一度曲がった二軒目の『う越勝』へ。友人に教えられて以来、一年に何度か食べに来る。季節の旬をとらえたネタは、とびきりの鮮度と味わいで、他を圧する豪快な大きさだ。今日はおまかせの特上にぎりを食べ、名物の荒磯巻一本を二人で分けた。

荒磯巻
荒磯巻は、一口には頬張れぬ大きさで、最初は面食らった。食べ方を聞くと、中身の具を少しずつ食べ最後にご飯を食べる人が多いそうだ。今日最高に美味しかったのは、鰆のにぎり。昔、北条の港には季節が来ると南予から鰆舟が集まり大変な賑わいだったという。しかし、刺し身で食べる鰆が本当に美味しいのは本格的な鰆漁が始まる少し前か秋口だそうだ。友人ともども思い掛けぬ口福を味わった。
 
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