過去の連載記事
同じ年の連載記事
2007年05月号 掲載
第 99 回 親子丼
 
  

肱川「地鳥焼ふかせ」の親子丼
 親子丼は好きな食べものの1つである。1年くらい前に、肱川の地鶏焼の店の親子丼のことを書いたことがあった。味はよいが、汁がかかり過ぎているのが私は不満だと言うようなことを書いたと思う。正直な感想だったが、2度か3度食べて、いい加減なことを書いてしまったような気がして、少し気がかりになり、あれから近くを昼時に通った時には、心がけて何度か食べてみた。味付けは、以前の印象に比べて甘辛い味が少しはっきりとしてきたこと、汁は時に、心地多めというくらいで、不満という程でないときもあった。店の人に「少し味付けと汁のかけ方を変えましたか」と確かめてみたら、「大体同じにお出ししているつもりなんですが」ということであった。言い訳めくが、食べものは食べる者の体調や、その時の気分、一緒に食べる相手などによっておいしくもまずくもなる。ずいぶん昔に、小藪温泉で昼になり「何か簡単なものは出来ませんか」と宿のおばあさんにたずねたら「簡単なものはできません」との返事。「何が出来ますか」と聞くと「親子丼」とのこと。そのおばあさんがつくってくれた親子丼をとてもおいしく思ったのを今も思い出すことがある。


「玉ひで」の親子丼

「玉ひで」店前の行列。折り返して1時間以上並ぶ。 座敷のコース料理だと同じものが並ばずに食べられるが昼には予算も量もふさわしいと思えない。
 先日、所用で上京した際に、井上明久さんと2人で、前回書いた時に引き合いに出した日本橋人形町谷崎潤一郎の生家跡に近い「玉ひで」に行った。店の前に1時間以上並んで食べる昼の親子丼は相変わらずの味であった。玉子と鶏肉だけ、みりんの効いた甘辛い味付けで汁の具合も私の好みであった。しかし、「玉ひで」の食後に「あれっ、肱川の親子丼も少しも負けていないなあ」という気がしてきたことを書いておかねばならない。食べものの比較など、簡単にすべきではなかった。

Copyright (C) T.N. All Rights Reserved.
1997-2012