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1998年11月号 掲載
第 22 回 来島海峡を食べる
海食『浜勝』 
今治市大浜町2-1-36 
TEL0898-32-6105
【休 業 日】木曜日  【営業時間】昼11時~14時(ラストオーダー)夜17時~21時(ラストオーダー)
※ 各種宴会・会食はお電話で御予約ください。

天然のスズキとハマチをいけすに運ぶ山本毅さん。

海食どんぶり
私は、地物の海老の煮付けと天然ハマチのあらが入った味噌汁が付いて 1,500とは「安い!」と思ったのである。
 今治市の漁港大浜にある海食『浜勝』に出かけた。JR今治駅から港に向かう大通りを、角に和菓子屋のある信号で左折する。商店が連なる真っ直ぐの道を進むと、だんだん町並みが下町っぽくなる。古色蒼然とした煉瓦造りのタオル工場を過ぎると、海辺に出た。防波堤に沿ってしばらく走ると、美保神社の鳥居が見え、「浜勝」に着いた。
 昼時の店内では、すでに何組かの客が食事をとっている。浜勝の若奥さん、山本晶子さんは東京の人、学生時代に私の友人とイタリア語教室で同級生だった。その友人の指南で私は、「浜勝」を訪ねたのである。掘り炬燵風のカウンターに座り、メニューを見て、「海食丼」をたのんだ。まぐろの中トロとイクラ、天然のはまちと鯛の刺し身をご飯の上にのせ、玉子の黄身、しその葉、レモンのスライス、山葵が添えてある。生姜汁少々と醤油味のたれをかけて食べる単純明快、正真正銘の「どんぶり」だ。来島海峡の磯でとれた天然のはまちが格別においしかった。身が締まり、適度に脂がのっていて、舌に、とびきりの鮮度が素直に伝わってくる。すっかり満足して、晶子さんと友人の話をしていたら、手の空いたご主人の毅さんが話しに加わった。「大浜は歴史の古い漁港ですけど、今は漁師の数も減ってしまってね。でも、うちはすぐ隣の砂場の実家で親父と兄貴が魚屋をやってるから、電話をすると、来島瀬戸の磯でとれたばかりの魚を生きたまま小船で前の浜までとどけてくれるんですよ」と言う。「カウンターの前の小さな黒板を見ると、アブラメやスズキ、アコ、タイ、車海老、オコゼ・・・など今日の魚の料理法、値段が書いてある。たしかに、種類も豊富だし値段も手ごろだ。毅さんは、伊予吉田生まれの私に「来島海峡の磯で獲れた魚を食ったら、よその魚は食えんですよ」と、苦みばしった表情を崩して言った。そのとき、一瞬、私が口にしかけた「宇和海の魚だって負けないよ」という反撃が、「浜勝」の魚料理の圧倒的鮮度と素材の味わいを活かした調理の前に、ひとまずは、声なきものとなってしまったことをいっておかねばならない。
 十一月になり、秋が深まると「浜勝」では「鯛尽くし」の特別メニューが始まる。そして冬には、穴子のちり鍋が名物になる。二階には眺めのよい座敷もある。また、行きたい。

生きている。鯛、車海老、タモリ(ムクダイ)


会席3,000円コース(写真右)。カウンターの上に料理を並べてくれた晶子さんは「安いよねー」 と感に堪えない表情をしてポツリと言った。

 
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