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2004年08月号 掲載

 
ガテマラ共和国 
関 洋人 (大洲市在住)
 数日前、ガテマラシティーからの往路で運転手のマリオと約束した通り、我々は三十日の午後二時に、ガテマラシティーに帰るバスに同乗するため、荷物をまとめてホテルの前に立った。ところが我々との約束の時間に少し遅れ、観光バスに乗って現れたマリオは「他の客がまだ来ていないので出発できない。四時半まで、このバスで市内観光をしないか」と言う。冗談じゃない。要するに彼はその日の自分の仕事のついでに我々を運び、会社に内緒で三十四ドル稼ごうとしたのだ。我々はなるべく早くガテマラシティーに戻り、値切りショッピングをする予定だったので、彼の申し出を断った。マリオに、先日前払いさせられた三十四ドルを返してもらいたいと言うと、彼は手持ちがないので明日、ガテマラシティーのホテルに持参するという。
 別の便でガテマラシティーに戻り、数日前に二泊したホテルにチェック・インしようとすると、フロントで我々二人の予約は入っていないという。ホテル代はすでに前払いしてあるのだ。責任者の部屋に行き、すったもんだの揚げ句やっとのことで、チェック・イン。こういうトラブルが起きたとき、相手は我々がスペイン語があまりわからないとみると、「英語はわかるか?」と聞いてくる。そして、英語らしい言葉を喋り始めるが、それは、我々のスペイン語にもまして無茶苦茶で、ますます混乱に拍車がかかる。今回もそうだった。


大晦日のパーティで。
 翌日、メキシコシティーに出発するまで、ついにマリオは姿を現さなかった。十二月三十一日、世界一のスモッグの濃度を誇るメキシコシティーに着いた。ホテルの近くのレストランで深夜のニューイヤーパーティーの予約をした後、夜に備えてホテルの部屋でしばらく眠った。私は、手持ちの靴下を履き尽くしていたので、一足だけ洗って裸電球の上に吊しておいた。しばらくして異臭で目が覚めた。何と靴下が半分どろどろに融けていたのだった。夜のパーティーは日本人がめずらしかったのか隣の席のコロンビアのおばあちゃんが我々のテーブルに押しかけて来て話に花が咲いた。…つもり。
 日本に帰り、マリオが雇われていたガテマラのクラークツアーと提携関係にある旅行社に、マリオが返金しなかったことについてクレームをつけた 。それから、半年後の夏、その旅行社から私の元に荷物が届いた。中には、上等のミコーナ・マンゴーが六個(買えば一万円程度)入っていた。

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