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第39回 柳沢紀行
 
愛媛県大洲市柳沢 
 藤縄神楽やホタル祭で知られる大洲市柳沢に出かけた。私の訪れた時刻のせいで、ホタルの姿はまばらだったが、柳沢の自然の豊かさと人々のもてなしの温かさが心に残った。

 ホタル祭
 新谷から、ホタル祭りの旗が要所、要所に立てられた山峡(やまかい)の道に入った。前には、家族連れらしい四輪駆動の車が1台走っているばかりである。矢落川の渓谷にそって20分ほど走ると、谷が開け、道幅が広くなった。「ようこそふるさと柳沢へ」と書かれた横断幕がわたされている。そこから、少し行くと、路肩にぎっしりと止まった車の列や会場の柳沢小学校に向けて歩く大勢の人の姿が見えてきた。
 柳沢のホタル祭は毎年この時期に行われるが、乱舞する源氏ホタルの数が際立って多いことと、ホタルの大きさが大きいこと、そして、祭の会場で売られる地元の特産品や食べものの内容が素朴な良さを持っていることから、県内で行われるホタル祭の中でも特別の人気を集めていた。
 会場の校庭に降りると評判にたがわず、うどんや田楽、焼肉、焼鳥、カレーライス、饅頭や草餅などの食べもの、それに地元でとれた特産の野菜などを売る屋台が所狭しと並び、多くの人で賑わっていた。体育館と屋台の間には、机と椅子が置かれたテントがあって、家族連れや若い人たちが寛いでいる。
 山に囲まれた矢落川の流れに面した校庭は人々が集う心地よい広場になっていた。
 藤縄神楽
 職員室で友人の居場所を尋ねると、体育館で子供神楽の準備を手伝っているとのこと。体育館に行くと、ちょうど、友人と、袴をはいた剣道着姿の子供たちが校庭の舞台に向かって出てきたところだった。午後6時過ぎ、薄暮の会場で神楽が始った。1番手の少年は、黒地に3日月が金(きん)で書かれた丸いお盆を持って登場した。はじめは、少し緊張した面持ちであったが、太鼓にあわせて、次第に舞の歩みが軽やかになった。藤縄神楽は歩みの幅が決められていて、その歩幅の六足(ろくあし)四方の広さの中を舞う。少年の手に持った盆を巧みにさばく仕種がユーモラスに見えたかと思うと、真剣な表情で太鼓のリズムに合わせて歩みを進める姿に粛々とした雰囲気を感じたりした。次の少年は、1番手の少年が使った月の盆を右手に、左手には日の盆を持って舞った。それが終わると、今度は4人の少年達が扇を持って舞った。薙刀を持って舞った凛々しい少年もいた。少年達の見事な集中力と立派な舞いぶりに感心していたら、友人が、舞台の脇で大太鼓を打っている老人が少年達に神楽を教えた人であると教えてくれた。子供たちが舞ったあとには大人の演者が登場した。柳沢では、祖父から、父へ、孫へと3世代がともに同じ舞台に立って神楽を伝えているのであった。
 ホタル
 神楽が終わった頃には提灯に灯が点りカラオケ大会が始った。私は校務に出かけた友人と別れ、屋台に行って自慢のうどんと田楽をもとめ、テントの中に腰掛けて食べた。隣のご夫婦は宇和島から、向いに座ったグループの娘さんたちは松山から来たのだそうだ。体育館の方から聞えてくる演歌ををぼんやりと聞いていたら仕事を終えた友人が探しに来た。
 9時少し前に友人の車でホタル見物に出かけた。校長先生と、カナダのハリファックス出身の若い英語の先生も一緒である。矢落川にそって保育所のあるあたりまで上り、川の近くまで下りた。そこかしこの真っ暗な闇の中にかなりの数のホタルがボーッと光っては消える。しかし乱舞といった趣はなかった。校長先生は「柳沢のホタルはこんなものじゃないんですよ」としきりに言われる。カナダの青年は足元のおぼつかない田の畦や川の土手を、歩き回ってホタルの姿を追っている。彼は今日で任期が終わり柳沢を去るのだそうだ。
 私たちは奥の田処(たどころ)の方まで上がり何ヶ所かさがしたが、結局、その日は名にし負う柳沢のホタルに出会うことはできなかった。誤解されては困るが柳沢にホタルがいなくなったわけではない。私は次の日に、私と同じ日にホタル祭に出かけた人からホタルが群れ飛ぶのを見て感動したという話しを聞いた。その人は私たちより1時間ほど前にホタル見物をしたという。どうも、時間の問題なのであった。
 柳沢小学校の田植
 ホタル祭の帰りに友人が、来週、柳沢小学校で全校総出の田植えがあると教えてくれた。その日の午前中には、彼が引率し5年生が棚田の中の谷川を溯る野外活動もあるというので校長先生にお願いして見せてもらうことにした。
 6月10日、午前10時半、校門の前の橋をわたり10人の子供たちを連れた友人と山道を登った。棚田の中を下ったところにある木の橋のところから川に入った。貝や小魚をさがしながら、谷川を上る友人と子供たちを、畦道を伝いながら追った。これは、うらやましいほどに、すばらしい授業である。沢登の楽しみに加え、昆虫や植物採集のおもしろさもある。小さな滝が落ちているところで引き返し、矢落川上流の八千(はち)の洲に行った。友人は川の様子を確かめた後、子供たちを水着に着替えさせた。子供たちは対岸の岩まで泳いで渡り、飛び込みをしては戻ってくる。歓声を上げながら、何度も何度も、飽きることなく繰り返した。
 給食の後に、保育所の下の学校の田圃で全校の田植えが始った。畦道の雑草はきれいに刈り払われている。お父さんが2人、田圃の両端に立って赤い小さな球が等間隔についた糸を張り渡す。お祖父さんの1人が子供たちの前に立って苗の植え方を教える。「泥をよせてのぉ」「5本ぐらい言うたじゃろお。これ、おまえは何本植えとる」。1度にたくさん植えすぎて頭を掻いている子もいる。一緒に田植えをする先生たちや、畦の上に腰掛けて見守るお祖母さんたちもほんとうにうれしそうだ。交代で全員が田植えを終えた後、田圃の上にある保育所の園庭で、お母さんやお祖母さん達がきな粉餅や醤油餅を子供たちに振る舞った。(子供たちが植えた苗も餅米で秋の収穫の後は、子供たちと餅つきをする)。
 お腹が一杯になった後、子供たちの代表が親や祖父母の人たちに今日のお礼の挨拶をした。挨拶をしたのは、神楽の時にお盆を2つ持って舞った少年であった。すかさず、お祖父さん達から子供たちに「来年もまた、やっちゃるけんのお」という力強い言葉が返った。私は一瞬、柳沢の人と自然の温かさにとらえられて、言うにいわれぬ幸せな気分を味わったのである。

〈参考〉
『ふるさとガイドブック』大洲市立柳沢小学校児童会発行、大洲市誌 ●柳沢についてのお問い合わせ 柳沢産業観光開発委員会[柳沢公民館内  電話0893-25-2400]

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藤縄神楽を舞う子供たち
柳沢の藤縄三島神社には18座(座は神楽の曲数を数える単位)の演目からなる「藤縄神楽」という里神楽が伝えられている。元々は旧正月3日に藤縄三島神社で舞初(まいそめ)をしたのち順に各社に奉納する春神楽であったというが、今は、例祭や祝い事の際にも演じられるようになった。起源は明らかになっていないそうだが、代々神官を務めた栗田家に伝わる「御神楽式」には1845年(弘化2年)に土地の神官達が神楽を奉仕した記録があるという。御祓(みそぎ)から勧請(かんじょう)と始って全部を演ずれば4時間を越える。
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太鼓を叩く山田義春さんが子供たちに藤縄神楽を教えた人である。



うどんと田楽は柳沢のホタル祭り名物だ

提灯がともりカラオケ大会が始った

山道を上る

木の橋から川に下りる

川を溯る

八千の洲で泳ぐ



田植えの前には子供たちに鰻のつかみ取りをさせた。お祖父さん達が「楽しみもないといかん」といって準備万端ととのえてくれたそうだ。

お母さん達がごほうびの餅を用意してくれた