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第95回 八幡神社の絵馬
 
上浮穴郡久万町下直瀬 
 5月の初めに、上浮穴郡屈指の米どころ直瀬盆地を訪ねた。山間に大きな杉の木が聳える八幡神社の境内に上がると拝殿には、赤穂浪士の絵馬など、いろいろな絵馬がかけられていた。

 下直瀬へ
 川瀬歌舞伎で知られる久万町の下直瀬の八幡神社に古い絵馬があると聞き出かけてきた。松山から標高720メートルの三坂峠を越えて久万に入る。といっても車で行けば、ゆっくり走っても1時間とかからない。久万中学の前を過ぎ、役場の手前で大宝寺の方へ左折して、町立美術館を過ぎる。道がつづら折れの上りになってしばらく行くと、峠御堂トンネル。トンネルを抜けてしばらく下ると右に住吉神社のある交差点に出る。久万高原ふるさと村やゴルフ場の方へまっすぐ上り、又峠を下ると、左手に直瀬に入る道標がある。そこで左折してまた小さな峠を1つ越すと直瀬盆地である。まるで隠れ里のように、直瀬川の両岸に畑や田圃がのどかに広がっている。直瀬川を渡って突きあたった県道美川川内線を右に曲がり下直瀬に向かう。直瀬川に沿ってゆるやかに蛇行する道をしばらく走った。道路の脇に立って、農作業の手を休めていたおじいさんに八幡神社の場所を訪ねると、前方の山裾に一際高く抜きん出た杉の木を指さして、「あれが八幡様の杉じゃ」と教えてくれた。道路を1つ曲がったすぐ先である。
 八幡神社
 参道の脇に小さな地蔵堂があり、桜の木の下に、苔むした数基の墓石があった。石の鳥居をくぐり、小さな御堂の脇の古びた石段を登る。石の隙間にところどころ、スミレが咲いている。木々におおわれた境内に入ると、4人のおばあさんたちが拝殿に腰をおろして休んでいた。おばあさんたちは、境内の掃除をされていたのであろう。一服しながらミカンを食べておられた。お詣りをすませた見知らぬ私に1人のおばあさんが「お兄さん、みかんお食べんかな」と声をかけてくれた。お兄さんと呼ばれるのは気恥ずかしい年ではあるが、おばあさんたちの貫禄にはかなわない。両手に1つずつ持ったみかんを差し出されたのを、1つだけ頂いた。
 境内の片隅に建てられた、案内板を読むと、八幡神社の拝殿や本殿は江戸時代寛政元年(1789)頃に地元の棟梁によって、古式を守って建てられたもので、愛媛県の有形文化財に指定されていると書かれてあった。拝殿は決して豪華で贅をつくしたものではないが、正面の2重虹梁の唐獅子の彫刻など、細部には様々な意匠が凝らされていて、棟梁の心意気を感じさせられる。
 忠臣蔵の絵馬
 おばあさんたちが帰ってから拝殿に上がった。様々な絵馬がある中で、赤穂浪士の絵馬が所狭しと掛けられているのに目を奪われる。本殿に向かって、手前の梁に刃傷松の廊下の場面を描いた大きな絵馬がかけてあり、正面左側に大石内蔵助と天野屋利兵衛、右側には大石主税と石堂右馬之丞の絵馬が掛けられている。大石の絵馬に昭和3年11月10日御大典記念とあるから、昭和天皇即位の記念に村の人たちが一緒に奉納したものであろう。小学生の頃、松山市道後にある大改修前の伊佐爾波神社の回廊にも赤穂浪士の絵馬が掛けられていたのを見た記憶がある。今は片づけられているが、それらの絵馬にも昭和初期の松山の人々の名があったというから、昭和天皇即位の記念に赤穂浪士の絵馬を奉納するということが当時は広く行われたのかもしれない。歌舞伎や映画で人口に膾炙した「忠臣蔵」であれば、話もまとまりやすかったものと思われる。
 それぞれの浪士の絵馬の縁には奉納した人の名が記されている。それぞれの村人に贔屓があったろうにどうやって決めたものだろうかなどとくだらぬ想像をする。八幡神社の赤穂浪士の絵馬は、歴史の古いものではないが、1枚1枚見ていくと、なかなか、武張った風がよく描かれていて、見応えがある。昔の羽子板や凧の武者絵を思わせる凛々しさがあると思う。堀部安兵衛のものなどは、なかなか凄絶な表情ですさまじい。  
 歌舞伎の絵馬
 下直瀬では、旧川瀬村の名を冠した「川瀬歌舞伎」という愛媛県で唯一つの地芝居があり、春秋の農閑期に今も演じられている。江戸時代に阿波の人形浄瑠璃の巡業や遍路の遊芸人によってこの地方に歌舞伎がもたらされたというが、大正時代に地域の芝居好きが集まって、下直瀬出身の歌舞伎俳優の指導を受け、本格的に演じ始めたのが川瀬歌舞伎の起源と言う。知人が、その下直瀬の八幡神社に歌舞伎の名場面を描いた浮世絵を写した見事な絵馬があるからと言って見に行くようにすすめてくれた。正面手前にかけられた2枚の大きな絵馬である。剥落していて今1つ絵柄が見えにくいのが残念だが、見事なものだ。文政7年(1824年)に奉納されたもので「菅原伝授手習鑑」3段目の口を描いているという。そういえば、大石主税と並んだ絵馬の石堂右馬之丞も「仮名手本忠臣蔵」の登場人物だった。芝居に熱心な土地柄なのだ。
 拝殿の中には、その他にも日清戦争の絵馬や曾我兄弟の敵討ちなどいろいろな絵馬がある。
 私がいちばん気に入ったのは、手前の上に横向きにある「紅葉と鹿」の小さい絵馬である。鹿の目がとても可愛らしい。この絵馬は江戸後期の文政12年に奉納されたものと書かれていた。
 絵馬をのんびり眺めているうちに時を過ごしてしまった。もう正午が近くなった。神社の背後の山裾に出て昔の往還沿いの民家の写真を撮った後、参道を下って県道に停めた車に戻った。昼は、町立図書館の前の「こころ」で手打ちうどんを食べて帰ることに決めている。

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1996-2012


久万町下直瀬の八幡神社拝殿。愛媛県指定有形文化財。江戸時代寛政年間に建てられた。質朴な佇まいの中に意匠が凝らされている。
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右に大石内蔵助。昭和3年の御大典記念とある。昭和天皇即位の実況放送でラジオの全国放送が始まった。

拝殿は地元の棟梁の心意気が偲ばれる建築である。

鹿と紅葉の絵馬。下直瀬の美しい秋景を思わせる。鹿がなんとも可愛らしい。

県道の鳥居。左に行くと札所の岩屋寺も近い。

八幡神社背後の旧往還と民家。