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第115回 愛媛県庁見学記
 
 
 愛媛に生まれてこの方、県庁舎はその偉容を外から眺めるばかりで、近寄りがたい印象を持っていた。しかし、木子七郎設計の県庁の内部の素晴らしさを人に教えられ、思い切って年末に県庁のホームページを見て見学を申し込んでみた。

「県庁見学のご案内」
 東京から来た近代建築探訪をしている主婦3人組と南予を巡ったときに、「木子七郎って知ってる。愛媛県庁見てきたんだけど、素晴らしかった。あなた、あの県庁のドームの螺旋階段見たことある。とてもきれいよ」と言われたことがある。彼女は全国にある木子七郎の建築を巡っているとのことだったが、私は恥ずかしながら、別館の地下の喫茶店で高校時代の友人とコーヒーを飲んだことしかなかった。なにか特別のはからいでもなければ、一般人があのドームの中の階段にまで立ち入ることが出来ようなどとは思いもよらなかったし、その時はさほど彼女の話を気にもとめなかった。
 先年11月に、西宮市にある木子七郎の松山大学温山記念会館を見学したときのこと、藤森照信の本で木子七郎の略歴などについて幾ばくかの知識を得た。温山記念会館の建物がとても素敵であったことから、県庁の見学を思いついた。
 愛媛県のホームページを見ると幸いにも「県庁舎見学のご案内」という項目があった。「どなたでもご予約をいただければ、職員がご案内をします。(1名でも可)※手話でのご案内が必要な場合は、申込時にお申し出ください。」という懇切な但し書きまである。本館2階の県民総合相談プラザと、本館3階の貴賓室、本館4階の正庁は、会議中等を除き事前予約なしで、見学することができるともあった。見学時間は年末年始の休暇を除く、平日の午前9時から午後5時まで。最終見学開始時間は午後4時である。
 続いて、見学コースの説明があった。
 本館玄関に集合、本館2階の県民総合相談プラザから本館3階貴賓室へ。続いて本館3階の知事会議室、知事室、本館4階の正庁からドーム会議室に上がった後、議事堂4階の議場傍聴席を見学、それから本館裏の 燃料電池を見て解散。「知事在室時には、知事室で知事に会うこともできます」と信じられぬほど至れり尽くせりの配慮がある。所要時間は約1時間とのことだ。申込方法を見ると、 愛媛県ホームページからの電子申請と、電話での直接申し込みの二通りがある。電子申請は2週間前までに、電話は前日までにということなので、すぐに電話で申し込むことにした。電話による申込受付時間は年末年始の休日を除いた、平日の午前8時30分から午後5時まで。さっそく窓口の広報広聴課に電話をしてみた。電話に出た係の人が、明日の見学予定を調べてくれた。明日、9時から1人で見学することが出来るそうだ。ほんとうにこんなに簡単に見学できるとは、半信半疑の気分だった。公の建物の場合は面倒な手続きを重ねた挙げ句、ごく限られた時間と場所の見学しかできないこともあることを思えば幸運としか言いようがない。
 約束の朝9時に県庁本館の前に行くと案内を担当される職員の方が待っていてくださった。先ず決まりのコースを説明された後、特に希望はありますかと聞かれた。木子七郎の本館の建築に関心があること、特にドームの螺旋階段が見せていただけるのならありがたいということ、写真をとってもよいかということを尋ねた。写真は基本的に知事室以外は写して構わないということだった。案内の方と相談して、見学は本館のみとして、それぞれの場所の時間にゆとりを持たせていただく事にした。

はじめての県庁
 玄関には、ちょうど蜜柑をあしらったツリーが飾ってあった。玄関ポーチの天井の意匠や柱に重ねられたアカンサスの立体的な模様に目を奪われながら中に入った。正面奥の吹き抜けの階段を上がるとステンドグラスが美しい。上を見上げると、ドームへの螺旋階段をつつんだ大きな円柱が上に見える。
 3階に上がり、知事は在室されていなかったが、知事会議室と廊下を見せていただき、本館正庁に入った。並べられている椅子は質素だが、柱や天井に駆使された西洋建築の様式がすごい。今まで、遠くから石のような外観しか見かけたことがなかったせいか、予想外の華麗な内装に目を見張った。
 正庁からドームに向かう。螺旋階段を隠した白く大きな円柱にステンドグラスの入った小さな窓がついている。階段を上りぐるっと廻りこんで背後の入口から螺旋階段の中に入る。手すりの左官仕事が実に美しい。

「建築とヒューマニティ」
 県庁を見学していて強く感じることは、左官職はじめ、当時この県庁の建設に参加した地元の職人達の心意気と技術の高さである。  県庁が完成した昭和4年は、「日本のモダニズム建築が力を伸ばし、歴史主義にも深刻な影響を与えていた時期(「日本の近代建築」藤森照信)にあたるが、確かに、木子の設計もモダニズムの影響を受けながら歴史的様式にこだわりを見せていると思う。コルビュジエの弟子達が活躍する時がすぐそこに迫っていたその時代に、地域の誇り高い職人達は高い伝統技術で建築家の新しい仕事がはらむ複雑な要素を咀嚼し、形にしていた。 
 ドーム会議室に上がり、木子七郎の肖像写真と略歴が書かれた掲示を見ていたら、木子に、耐震壁を発明し、東京タワーを設計した内藤多仲や長崎の日本26聖人記念聖堂を設計した今井兼次との共同設計がいくつかあるのに気がついた。木子と内藤は、木子が内藤の自邸も設計するほどの仲であった。木子は、当時最も先端的な内藤の耐震技術を取り入れながら、歴史様式を自在に駆使して県庁を設計したであろう。木子と共同設計をした今井兼次も木子と親交があった。空襲で焼失した大阪の木子の事務所には今井のスケッチが掲げられていたという。
 その今井兼次の著書「建築とヒューマニティ」に次のような一節がある。
「建築の作品、地上に形成された建築はこの建設に関わった衆人の作物であると、私は考えて見度(みた)いのであります。数十人、数千人、数万人、数百万人の人々の共同労作と考えて見度(みた)いのであります。地上に形成された建築がなんで一個人の作品であり功名であり得ようかというのであります。個々の貴い筋肉労作と建設的精神が有機的に意義ある結合をして後、はじめて建築は地上に構成されるのであります。地上構成の建築が絵画彫刻と異なる点はここにあると思います」。
 木子もまた今井と同じ心構えでこの建物の建設に立ち向かったにちがいない。先の芸予地震の際もこの、県庁本館はびくともしなかったという。
 県庁は強くて美しい建物である。ドームを頂いて聳える姿は国会議事堂のように権威の象徴でもある。人を寄せつけぬ風貌をしていると思うこともあった。
 しかし、近づいて、よく眺めてみると、1人のすぐれた建築家とともに、建設に参加した沢山の人達が誇りをかけ、手間を惜しまずに仕事をしたしるしが細部に宿っていることが見えてくる。
 案内してくださった職員の方はとても謙虚で親切な方であった。私が写真を撮っている間はじっと待っていてくださり、申し訳のないことであったと思う。
 今回の見学がとてもよかったので、県庁の建物をぐっと身近に感じるようになった。

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1996-2012


ドームに登る螺旋階段
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県庁本館天井の装飾。

南堀端からの外観

ドームへ上がる螺旋階段を包んだ円柱

正面玄関。天井とアカンサスの模様が美しい。

歴史様式が駆使された正庁の柱や天井

玄関の重厚な戸